カテゴリ:病気発覚( 2 )

これまでの経緯②

最初の告知を受けたときから、数ヶ月、毎日涙しない日はありませんでした。
泣いている私を見て、夫は、おい、泣いている場合じゃないぞ、そんなに時間ないかもしれないから、
やらなきゃいけないことさっさとやっておかないと。(事務処理など)
泣くのは、俺が死んでからにしてくれよ、と。
友達には、膵臓がんの人のブログを読んで、これから起こりうることをしっかり知って、きちんと対処していったほうがいいよ、と
言われたものの、最初の数ヶ月は、知るのが怖く、読むこと全くできませんでした。
なので、これから起こりうることには目を背け、その時だけをまずは見つめながら過ごしていました。

最初の検査と入院しての細胞摘出検査の間にちょっとだけ時間があるとわかった夫は、
どこか行こう!と。せっかくできた時間だし、家にいてもしょうがないだろう、と。
そこで、ずっと行きたかった高野山と奈良の旅に。
なんの症状もない上に、抗がん剤などもはじまっていませんでしたから、
毎日、奈良と高野山を良く歩き、美味しいものを食べました。
奈良でお釈迦様や守護神様に出会ったり、高野山で弘法大師様を感じている間に、どうしよう?これからどうしたらいいんだろう?
夫の癌とどうやって戦ったらいいんだろう?と思い悩んでいた私でしたが、違うな、戦うんじゃない、癌を受け入れ共存するんだ、と
気持ちが変わっていきました。そうしていくうちに、今の状態を受け入れられる自分になっていきました。

夫は、本当に前向きで、全てを瞬間に受け入れ、びっくりするくらいポジティブに毎日を過ごしています。
そして、治療は日本、治療がお休みのときはタイで過ごすと決め、タイと日本を行き来する生活がはじまったのです。
だから、「空飛ぶ膵臓がんオヤジ」。

この8月から他の人のブログをやっと覗けるくらいに、気持ちが落ち着いてきました。
そして、そのブログにいっぱい、いっぱい助けられて今があるような気がしています。
他の方のブログを読みながら、私もブログを書こうか、書かないか、と、これまた、ずーっと悩んでいました。
そして、書かなくていいかな、と思いはじめたところで・・・立て続けに、悲しいお知らせが色々なブログから・・・。
そのお知らせを読みつつ、自分の考えがちょっと変わってきました。
私みたいにブログで助けらる人がいるかもしれない、私が書くことがちょっとでも誰かの何かの助けになれば、と思い直し、書くことを決意。

これから夫がどう変化するか?不安ではありますが、夫の頑張りをできるところまで綴っていこうと思います。


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by SmileSkySea | 2017-10-15 18:32 | 病気発覚 | Comments(2)

 これまでの経緯①

はじめまして。ちょっと長くなりますが、お付き合いください。
2017年3月、年に1回受けていた人間ドックでに夫に膵臓がんが見つかりました。

人間ドックの先生から異常が見つかったので、すぐに来てください、との連絡が日本の母に入り、
母が急いで連絡をくれました。すぐに来てください、と言われても・・・実は、私たちはタイで生活をしています。
それも、1年に1度の大きな休暇の直前で、家族と犬とが楽しみにしている旅行も控えていました。
が、そんなことも言っていられないので、すぐに飛行機を取り(奇跡的にチケットが取れました!
普通この時期なかなか飛行機のチケットが取れないのに)、日本に向かいました。
人間ドックに行ったところ、ここで見つかっていますので、間違いなくまだ初期で手術などもできるだろうから、
大丈夫です。とにかく、精密検査を今一度受けてください。どこで紹介状を書きます、とのことでした。
そう言われてると思っていたので、あらかじめどの病院がいいか?を調べて行き、主人もそこでいいよ、とのことだったので、
紹介状をもらい、翌日、その病院へ。
外来の先生との面談をしたところ、「膵臓がんの疑いがありますね」と「近く精密検査しましょう」と。ま、来週か、再来週、と。
私は、立って聞いていたのですが、立っていられなくなり、診察ベットにへなへなと座ってしまいました。
先生、私たち実はタイから来ていて、子供も置いてきてるので、そういうわけにはいかないんです。
早く検査できませんでしょうか?と尋ねると、「そりゃ、大変。すぐできるか聞いてみましょう!」と素早い対応。
そして、今日の午後できます!と。PETだけ空きがないので明日になりますが、と。
ありがたい!ありがたい!お願いします、と、あれよ、あれよ、という間に検査ができました。
そして、検査結果を聞きに行くと・・・やはり、膵臓がんの疑いです。それもステージ4bで手術は不可能、と。
告知ってこんなにさらっとされちゃうもんなんだ?!というのが私の最初の印象でした。
それも、膵臓がんの”疑い”でステージ4bって。ステージ5ってあるんですか?と聞くと、ないです、と。
主人は、いたって冷静に「5年生存率ってどうですか?」と。
5年は難しいでしょう。でも、諦める必要はありません。専門の先生に会って、これからのことご相談ください、と。
もう、何が何だかわからない、というのがこのときの私でした。
翌日、PET検査を受けてから、先生と面談。手術は不可能な段階で、化学療法(抗がん剤)を使っての対処が今できることだとの説明。
抗がん剤使わない場合は、余命は3ヶ月くらいでしょう、と。まぁ、先生、さらりと言うのです。
人それぞれなので、平均値しか言えないのが実情で、平均余命はだいたい1年と2ヶ月です。
ただ、薬が効いている方は、それ以上で、私の患者さんにもご存命の方々はいらっしゃいます、と。
ここで、またまた、え?3ヶ月?そんなに短いの?!と、もうパニック状態の自分がいました。
抗がん剤って吐き気とかすごくて、抗がん剤で死んじゃうってイメージあるけど大丈夫なのか?などなど考えているうちに、
夫は、これまた冷静にやります、と。
まずは、癌を特定したほうがよりいいので細胞を取る検査をするのがベストですが、これはリスクも伴います、
ですが、この病院は何百回とやっていますが、失敗したことないので、安心して受けてもらって大丈夫です、
(こんなときなのに、ドクターXが頭をよぎった私、もう精神変な状態)、
その結果によって、薬が効く、効かないもありますので・・・どうしますか?と。
とにかく、すべて受け入れ、やれることをやる、と主人は決め、治療がはじまりました。
検査後(1日くらいで終わると思っていた)、すぐにタイに戻れると思って2人でやってきた日本に、ここから1ヶ月も滞在することに。
タイに残された子供と犬2匹は、友達の協力もあり、なんとか1ヶ月を乗り越えました。
ここから、夫と私たちの新しい日々がスタートしました。
つづく・・・


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by SmileSkySea | 2017-10-15 16:18 | 病気発覚 | Comments(0)